トレードオフな世界で

新型コロナウイルスについて。勿論僕は専門家ではないですが、考えれば分かることもあります。

例えば街中で近くの人がマスクをしておらず咳をしたとして、その人が新型コロナの感染者である確率は今のところ非常に低いです。それを気にするあまり例えば咳をした人と喧嘩になってしまった場合、そちらのほうがより大きな損失であるケースが圧倒的に多いということになります。よって気にしないのが最善手となります。

勿論だからマスク手洗い不要ということではなく、予防は厳密にする必要があります。それは泥棒に入られないよう戸締まりを、みたいなことです。皆が戸締まりを怠れば泥棒天国になってしまうので一致団結してやるべきですが、それは「人を見たら泥棒と思え」という意味でもないのです。

逆に100%の防犯を考えるなら、泥棒がバズーカを持っている場合に備えミサイルを用意すべきかもしれません。どんなに低い可能性であっても人の命には替えられない、と言えば一見正しそうです。それが成り立たないのはリソースが有限だからであり、現実的に万全を期すことはできないからです。

万全を期せない以上、全ての対策はある程度確率的なものになります。要するに「取りこぼしゼロは無理にせよ、リソースを食いつぶさない範囲でより効果的と思われる方法を選ぶ」ということです。任天堂の故岩田社長は「全てはトレードオフだ」と言っていましたが同じ意味です。

万全を期せる段階は既に過ぎています。それを逃したことも含め諸々の判断が遅かったり甘かったりという面は勿論あると思いますが、それと確率的にしか対処し得ないということは分けて考える必要があります。前者は過失かもしれませんが後者は(前者が原因であるにせよ)誤りではありません。

まとめると、感染予防は大事だけれど極論(咳をした人への過剰反応、「希望者全員に検査を実施しろ」「イベントを自粛させるなら電車移動も自粛させろ」等の主張)には意味がなく、むしろ社会的リソースを無駄に消費し解決を遅らせる…ということになります。これは医療の専門家でなくても一般的な問題対処法として考えれば分かることです。

という訳でものすごーく普通な結論ですが、オフィシャルな情報をよく読み、後は慌てず騒がず買い占めず楽しくテレワークするのが一番のように思います。


トレードオフシリーズ
1「トレードオフな世界で」
2「文章、コロナ、トレードオフ」
3「トレードオフを超えて」